縄文の雄叫び,住宅地に轟く

藤森照信,
「タンポポ・ハウスのできるまで」,
ISBN 4-02-261347-5,
朝日文庫(朝日新聞社),
2001.8.1 第1刷.
赤瀬川原平,
「我が輩は施主である」,
ISBN 4-12-203770-0,
中公文庫(中央公論新社),
2001.1.25 第1刷.

 芸術とか建築とか学問とか,自分の欲求に正直なあまり,それを突き詰めて突き詰めて突き詰めて,気が付いたらそれを職業としてしまった人々がいる。彼等は多かれ少なかれ変人である。「変」なのは自分の欲求に正直だからである。どこまで我が儘を通すことができるかで仕事の質も決まってくるから自ずと変になる。我が儘を通した結果,できあがったのがトンデモになっちゃうか,勲章モノになっちゃうかはさしたる問題ではない。彼等の仕事の本質は我が儘を通すという行為とプロセスそのものにあるのだ。我が儘の果ての成果物は世間というモノサシで計量され,評判が上がったり落ちたりするが,エネルギーにあふれた人なんかがこれに積極的に関与すると,仲間内では「営業活動に熱心な奴」と蔑まれてしまったりする。
 故に芸術家も建築家も学者もその大部分は成果物(作品,論文等)を生み出すべく,創作活動もしくは研究活動と称するそのプロセスに勤しむ,いや,楽しむのである。だから,彼等を軽蔑こそすれ,尊敬しなければならない理由はどこにもない。泥遊びをしている子供と大差ないのだから。
 よって,建築家とは建物を設計することが好きで好きで好きで(もぉ止めましょうかね)仕方のない人種なのだろう。彼等の目的は建物の設計であり,施工するのは建設業者である。建築家は自分の設計を具現化すべく,業者に指示を与える。そうして建物が完成する。建築家の欲求はこうして満足され,彼は次の設計に取りかかる。完成した建物を利用した人の感想なぞは二の次。東京浅草のビルのてっぺん巨大なウンコを載せて悦に入ったりするんである。このようは傍若無人な我が儘に立ち向かうには,世間という荒波を乗り越えるべく培われた一般常識を振りかざし,「色といい形といいウンコにしか見えないから撤去すべし」と宣言するほかない。まあ,浅草のウンコは極端としても,有名な建築家の作った建物ってのはどこかしら常識外れである。勿論,狙ってのことなんだろうけど,利用者にとってはいい迷惑だったりする。建物を発注する側,つまり施主は設計の段階できちんと自分の希望を建築家に伝えなければならないのである。それが自宅だったりすればなおさらのことである。が,施主が建築家自身だったり,芸術家だったりすると事情は180°異なる。常識外れおっけー,珍奇なモノ大好き,多少メンテナンスの手間がかかっても面白いじゃん,となる。
 そんなわけで,東京の住宅地に突如として現れたのが,屋根にタンポポやニラを生やした建物二軒。「タンポポ・ハウス」と「ニラハウス」。うーむ,なんてわかりやすい名前。前者は建築家・・・というよりは建築史学者としてキャリアを積んだ藤森照信さんのご自宅,後者は路上観察学会の盟友,赤瀬川原平さんのご自宅。どちらも藤森さんが設計されたものです・・・なーんて説明されなくても同一人物が設計したということは一目瞭然ですけどね。タンポポ・ハウスについては藤森研究室のページに情報が載っている。ニラハウスについての情報はまだないようである(2002年8月20日現在)。1995年にタンポポ・ハウスが,1997年にニラハウスが完成した。
 今回取り上げるこの二冊はこの二軒の"Grass House"が完成するまでの記録である。というと堅苦しいか。どちらも面白い読み物になっている。タンポポ・ハウスについての本は設計者が書いているので,当然,施工するまでの試行錯誤が理路整然とフジモリ節で語られている。建築史のプロであるからその方面の蘊蓄も盛りだくさんで,いやあ,面白いです。気に入ったら同じ著者の「天下無双の建築学入門」(ちくま新書)も読むべし! ちなみにWebちくまにて,「フジモリ教授の建築史入門」の連載が始まった。必見である。
 施主の目から見たニラハウスの完成に至る足跡を描いたのが「我が輩は施主である」である。芸術で飯を食っている著者が,現実(建築費)と理想(跳ね橋のある玄関!)の狭間であれこれ思慮する様子が面白い。自分ちよか先に完成したタンポポ・ハウスのタンポポの育成具合を心配していたりもする。
 もし藤森さんの建築物に興味があるなら,両方読んでおくことをお勧めする。読んだら何が分かるって? キーワードは,縄文,赤派,毛,である。あとは読んでのお楽しみ,ということで。
 あ,ついでに先日同じ藤森建築の一つ,秋野不矩美術館に取材に行って参りました。ここでちょっとご紹介。
 外観は

ってな感じ。丘の上に屹立しているかっこいい建物である。一見すると南欧風。入り口も素っ気なく,荒々しく削られた板があるだけ。最初は休館しているのかと慌ててしまった。

でもこれ自動ドアだったりする。ちょっと驚き。そう見えないようにしているのが狙いだろうな。
 タンポポもニラも個人住宅だから外側は見物できても内部を見ることはできないので,そこに登場する「藁入り漆喰」というのがどんなモノか興味があった。んで,それも撮ってきました。わかるかな?

あんまり触っていると,表面に露出している藁がワラワラ(ああ言ってしまった)落ちてきそうである。これが「毛」の一種だったりするんですな。
 縄文的な肌触りを追求しつつ,全体的にはスマートな直線が強く浮き出ているので古風な感は全くない。タンポポ・ハウスやニラハウスにはまだ直接お目にかかったことはないけれど,藤森建築のタッチは大体実感できた・・・ような気がする。現代の住宅地では確かに違和感ありまくりの建物なんだろうけど,そのうち見慣れて風景に溶け込んでしまうんだろうな。何せ,新築当時から屋根に草が生えているんだから。


by T.Kouya

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