ジブリと柊あおいの幸せな出会い

柊あおい,
「バロン 猫の男爵」,
ISBN 4-19-770088-1,
徳間書店,
2002年5月20日 初版.
同,
「おかあさんの時間」,
ISBN 4-05-401441-0,
学習研究社,
2001年6月11日 第1刷.

 たまたま私が「りぼん」を購読していた時(かれこれ20年前になるか)に,この柊あおいという人がデビューしてきた。こういっては何だが,あまり特徴がないおとなしめの作風で,ちょっとすれっからしの漫画読みならそのまま通り過ぎてしまいそうな印象を持った。しかし,そのあまりの直球ど真ん中勝負,即ち「少女」のための少女漫画として初々しい恋をまんま描いてしまう素直さに,純な子供であった私はぐらっと揺さぶられてしまったのだ。漫画の好みは絵と話で決まるというが,私の場合は絵の第一印象がよろしければそれなりにおつきあいはする。それは必ずしも巧い必要はなく,どっちかってぇと「どじでまぬけなカメだけど,一生懸命描きました」的な,へろへろの絵で構わない。BSマンガ夜話でいくらいしかわじゅんが批判しようとも(あれは素直な感想なんだろうけど),そこに可愛さがあれば良いのである。柊あおいの絵にはそれがあった。
 結局,デビュー作「星の瞳のシルエット」とのつき合いは,その後,私がりぼんから離れてしまうまで続いた。結末・・・までつき合えたかどうか,今となっては記憶にない。
 りぼんから離れてしまった私は,たまたま大学受験で宿泊した東京の社員寮に置いてあった「花とゆめ」(カーラ教授の「大地の貴族」が掲載されていた1986年19号)と衝撃的な出会いの末,大学入学当初から熱烈な「花ゆめいと」になってしまったのである。その事については後ほどじっっっっっっくり語るとして,つまりはずーっと長い間,柊あおいの動向は全く知らず,単行本も全く読んでいなかった。再び彼女を読み始めたのはこちらが6年間(4年+2年)の大学生活を終えて,能登半島のド真ん中に飛ばされてからである。つまりはここ数年間ぐらいしか接していないのである。間を埋める作品も殆ど読んでいない。
 再会した作品は「雪の桜の木の下で・・・」(マーガレットコミックス, ISBN 4-08-848689-7, 1997年7月)である。作品解説によると,「ぶ〜け」に初めて描いた作品を収めたもののようだ。個人的にはこの「ぶ〜け」という雑誌,どうも食指が動かず,食わず嫌いになっていた。清原なつのや吉野朔美という,ちょっと難しい作品を描く人がいて,嫌いではないのだが変に文芸を目指している感があり,文系アレルギーの私としては近寄りがたい印象があったのである。
 さてそんな雑誌(偏見か?)に載ったこの作品群,久々に接した私はやっぱり感傷の底にたたき落とされてしまったのだ。彼女は変わっていなかった。真っ直ぐ,ひたすら真っ直ぐなのだ。
 これは野原の一軒家に住む父娘を軸とした物語集である。彫刻家の父を持つ娘(萌・もえ)の従兄弟である僚也(ともや)は,雪深い冬の間は萌の家に居候を決め込んでいる。そこへ僚也を慕う林子(りんこ)が家出をし,萌の自宅近くで行き倒れ,助けられる・・・というのが単行本のタイトルにもなっている第一話。第二話は父子家庭となった萌の心情を丹念に描いたもの。第三話はその父が母と一緒になる不思議なエピソードが綴られている。
 この話の舞台となった場所はかなりファンタジックだ。日本であることは間違いないらしいが,リアリティが全然ない。それでいて違和感がない。少なくとも私はこれを読んでいて,設定自体がリアリティを持つ必要性を全く感じなかったのである。つまりこれはファンタジーなのだ。そして著者も,自身が描くべき世界はファンタジーであるべきだという確信を,この作品で,あるいはもっと以前に得ていたのだろう。柊あおいの描くファンタジーは,真っ直ぐで勝負する彼女に取って絶対に必要な場所だったのだ。その結果,ジブリとの出会いに繋がったのだろう。
 どこで読んだか忘れてしまったが(映画のパンフレットだっけか?),「耳を澄ませば」を最初に持ち出したのは宮崎駿だそうである。ということはジブリの総大将の感性にジャストフィットしたと考えて良いだろう。必然か偶然か,んなこたぁ今となってはどうでもよい。重要なのは次(2002年夏)のジブリ映画もまた柊あおいだということだ。これはジブリが彼女のファンタジーいとの相性の良さを追認したということである。その原作が徳間書店から出た。それが「バロン」である。・・・前書きが長くてゴメンよ。
 物語の主人公は吉岡晴(ハルと呼ばれる)という女の子。トラックに轢かれそうになった猫をすんでの所でハンドボールのクロスで救う。その猫が実は猫の国の猫王(みょうおう)の息子,即ち王子だった。そこで是が非でも恩返しを,という訳で猫たちの張り切ること。王子を救った(掬った?)クロスは大量にばらまかれるは,ネズミ入りの缶詰が段ボールで送りつけられるわ。ついにはハルを王子の嫁にと猫達が押し掛けてきてさあ大変。そんなハルに天の声が・・・「猫の事務所へ行って」。指定された十字街へ出向き,ムタと呼ばれるブタ猫に導かれ,ハルが辿り着いたのは,あの地球堂のおじいさんが作ったバロンがいる猫の事務所・・・というのがこの物語の導入部である。ジブリの映画のタイトルが「猫の恩返し」というのも頷ける。
 私はファンタジー読みではないのでよく分からないが,話としてはよくある物で取り立てて珍しい物ではないという気がする。しかし,文句なしストレートに面白く読める作品であった。特に猫王が良い。こんだけ馬鹿なキャラクターって昔の彼女の作品に出てきただろうか?巻末のおまけマンガ「猫王ちゃん」のカッとび具合はなかなか良い具合である。
 この人は真面目にコツコツ努力する人,という気がしてならない。絵の方は昔に比べてもの凄く巧くなったとは思えない。日渡早紀のような絵柄自体の大きな変化はない。それよりも素直さを生かすべく線を綺麗に綺麗にしてきた,という印象がある。CGを取り入れるようになったのもその一環かという気がする。一歩一歩,歩みはそれほど速くはないが,着実に完成度を上げてきた(この言い方もBSマンガ夜話的だね),その到着点がここにある。物語終盤の盛り上がりは感動した。こんなに疾風感を浴びせかける作品を物にしたのは対したものである。どの程度,この原作にジブリが噛んでいるがは分からないが,他者からの要請があろうとなかろうと,ちゃんと物語を違和感なく盛り上げて完成させた点は評価すべきだろう。
 映画の方はぼちぼち公開される予定であるが,果たしてどのような演出を施しているのか,ファンとしては楽しみである。ただ,宮崎駿さんが監督ではない,ということがちと気がかりではあるのだが・・・いや世代交代の一環ということは十分理解しているつもりである。それだけに「宮崎亡き(ゴメン)後も大丈夫!」という安堵感を持たせて欲しいのである。

 柊あおいついでにもう一つ。あんまり話題にならなかったようだが,子育てエッセイマンガ「おかあさんの時間」もこの際だから取り上げておこう。内容を解説するのは野暮の骨頂。彼女流に男の子育てを描くとさもあらん,というご想像通りのものである。エッセイマンガというと,軽いギャグ絵にする人も多い中,力の入った線の本格的母子ものマンガである。念の入りようはちょっと小林よしりんに似ていると感じるのは私だけか?
 しかし・・・三人の子供を育てる主婦業をこなしながらの仕事ぶりは,正直頭が下がる。母は強し,なのか,それとも強いから母足り得るのか,どっちにしろ軟弱で今に至るも誰かと一緒に,しかもあの子供特有のキンキラ声にまみれながら暮らしていくことに躊躇している私には想像も付かない世界である。そこであのジブリと組んでの原作を描くという技。プロなら当たり前の事なのかも知れないが,図太い母ちゃんがズドンと一発正面から放ったストレート弾の威力に戦々恐々としつつ,また次の作品を心待ちにする今日この頃である。

 ところで,この原作「バロン」。初出が全く載っていない。徳間書店というと,ナウシカみたいにアニメージュあたりに連載されていたのかとも思うが,どなたかご存じの方,いらっしゃいませんでしょうか? もしかして書き下ろしとか?

[2002年6月1日追記]
 「バロン」について,ジブリの新刊紹介ページに紹介文があることを発見した。それによれば,宮崎駿氏が書き下ろしを依頼して出来上がったもののようである。


by Takayosi Kengo

←戻る