交友録には愛がなくっちゃね

いしかわじゅん,
「秘密の手帖」,
ISBN 4-04-883740-0,
角川書店,
2002年5月30日 初版.

 いしかわじゅん,という漫画家がいる。現在は「BSマンガ夜話」という,とても国営放送とは思えない傍若無人な番組を煽りまくっている三悪人の一人としても大活躍している。レギュラーとしては大月隆寛も出演しているので,本来は四悪人とすべきであるが,大月は司会役であり直接の非難を逃れているようであるので,「三」悪人としておく。
 何故,悪人なのか?
 それは,アカデミック色の濃い漫画評論,いや一般に評論といわれるものが,エンターテイメントとして成立するということを知らしめてしまったからである。そして,TV番組としての評論が一定数の観客を引きつけるには「話芸」の素質が必要不可欠であり,複数人でトークセッション形式を取るのであれば,互いの話芸の持ち味の相乗効果によって,空前絶後の雰囲気を作り出すことが可能であることも実証しちゃったからである。言い換えれば,BSマンガ夜話のレギュラー三人の罪は,彼等以外の評論家の大多数が話芸において劣る存在であるということを認識させてしまったこと,そして「真っ正直な印象批評のいしかわじゅん」に「冷静に分析をしつつつ,時には観客モードに入ってしまう狡い夏目房之介」,「この二人の大人につっこみを入れまくるオタキング岡田斗司夫」という布陣がとてつもなく強力でナイスであり,これに代わる組み合わせを発見するのは困難であるということをも併せて認識させて,ということである。この二つの罪状により,彼等は罪作りな三悪人なのである。とかくこの世でお人好しの語る話程つまらないものはなく,底意地の悪い奴の,罵詈雑言にならない程度の放言の方がずぅうっと魅力的なのである。彼等のトークを基盤としたこの国営TV評論番組が五年も続いているのは当然のことと言えよう。
 その三悪人の一人が,漫画家の代わりにそこそこ知名度のある知人連中を肴にエッセイを書いたのである。かつて,妻が綴ったプログラマの夫に関するエッセイを集めた「プログラマの妻たち」という極悪非道な名著があった(ついでにいうなら花摘香里さんの四コママンガもイカス。その巻頭言を寄せた中村正三郎さんは自分が「書かれる側」になってしまったことを悲憤慷慨しつつ,それが無責任な第三者には大変面白い見せ物になっていることを的確に指摘していた。そう。この「秘密の手帖」は,書かれる側にとっては身悶えするほど恥ずかしいエピソードを,いしかわじゅんの真っ正直な印象批評によってストレートに我々読者に届けるノンフィクションエンターテイメントなのである。これが面白くない筈がないのである。
 ここで取り上げられた人を順に挙げてみよう。
 山田詠美(山田双葉),内田春菊,火浦功,新井素子,川又千秋,高千穂遙,夢枕獏,高取英,久美沙織,杉作J太郎,竹熊健太郎,岡田斗司夫,林ノブカツ,大月隆寛,関川夏央,景山民夫,杉浦日向子,大沢在昌,北方謙三(解説も書いている),長井勝一,我孫子武丸,呉智英,唐沢俊一,南伸坊,大槻ケンジ,ひかわ玲子,高田文夫,安西水丸,西条昇,小峯隆生,青木雄二,胡桃沢耕史,館淳一,斉藤綾子,猪瀬直樹,中野貴雄,柴田理恵,水島裕子,藤野千夜,山下洋輔,前川麻子,さくまあきら,石川淳。あー疲れた。
 どうです,凄いでしょう・・・全部分かったあなたは立派なオタクと言えるだろう。SF作家,冒険小説家,評論家,編集者,女優,漫画家,推理小説家・・・まあ人脈の広いこと広いこと。私なぞ交友範囲が極めて狭いので,著名じゃない一般の知人をこれだけの数リストアップするにも一苦労である。ましてやその一人一人に絡んだエッセイなどとても書けるもんじゃない。しかも読んで面白くしなくちゃいけないとなると,絶望的である。当たり前のことだけど,プロで飯食っている人はやっぱり違う。脱帽。
 但し,誤解してはいけない。収録されたエッセイはどれも興味本位のゴシップ記事とは全く正反対のものである。「秘密の手帖」は文章版フライデーでもなければ,アサヒ芸能でもない。ここで名前が挙がっているのは,いしかわじゅんが好感を持って,あるいは敵意を持っていない人たちばかりである。そこには確かにある種の愛情が感じられる。いしかわじゅんの書くものには適度な距離感がある,と誰かが言っていたそうだが,その通りである。面白いし笑える部分もあるのだが,それは嘲笑を誘うものでは決してない。ギャグではなく柔らかいユーモアに満ちている読み物なのである。
 中には「風呂敷包みのような服を着ている」とエッセイに書かれたことに立腹した新井素子さんのような人もいる。しかし,ここはいしかわじゅんの名誉のために弁解しておきたい。それは悪口では決してない。何度も書いているように,いしかわの持ち味は真っ正直な印象批評であって,それに忠実だっただけである・・・弁解になってないかなぁ。まあ新井さんについては,「紙袋一つ持って温泉に出かける人」というとり・みきの目撃証言もあるから(「愛のさかあがり」より),風呂敷ワンピースを着ていても別段不思議には思いません。それに着物や持ち物がどうであろうと,作家としての力量とは何の関係もないんだし。
 書籍タイトルがちと怪しげであり,書かれることを快く思っていない人は他にもいるだろう。しかし,怒ってはいけない。いしかわじゅんには悪気はない。あったとしても原稿料と印税程度のものだろう。彼はひたすら真っ正直に面白がって愛しているだけなのだから。


by Takayosi Kengo

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