I respect Micky Bird.

とり・みき/田北鑑生,
ラスト・ブックマン,
ISBN 4-02-261347-5,
早川書房,
2002.9.1 第1刷.

 多くの人は知らないようだが,就職試験のために行われる面接において,「尊敬する人は?」という質問をしてはいけないことになっている。その問いに対する回答は当然合否を左右される材料として使用されるが,これは思想信条の自由に反する,というのが理由だそうだ(→厚労省「採用のためのチェックポイント」)。
 確かに,自分が尊敬する人を挙げることは,自分の思想信条を表現する手っ取り早い方法である。が,短所もある。もしその人物が著名でなければ,相手に説明する手間がかえって増大する,という点だ。「尊敬する人物は,A山C夫ですっ!・・・あ,ご存じないですか? 彼はこれこれこういうキャリアでありまして,あれこれという業績を残しました。その業績を作り上げる過程においてしのごのという手腕を発揮してあれこれを成し遂げたわけです。その原動力となったのが彼が幼少期において・・・」 こんなことをクドクドと説明するぐらいなら,自分の思想信条そのものを簡単に述べた方がよっぽどマシである。しかしこれは利点でもある。ネタがない時のメディアレビューを引き延ばすことができるのだっ。
 という訳で,私の尊敬する人物はとり・みきです(笑)。中黒は名前の一部であるから省略してはいけません。別名Micky Bird。恐らく,メジャーではないから(失礼),以下,クドクドと尊敬するに至った経緯と理由を述べる。
 略歴及び著作物はSF作家クラブの「とり・みき」ページを参照されたい。また詳細な初出リストを見たければ,ほそやさんが作成された「とり・みき著作リスト」(http://www.tama.or.jp/~hos/mickybird/mickylst.txt)をご覧頂きたい。 見た? そう,彼はマンガ家である。デビューしてもう20年以上経つから,かなりのベテランである。デビュー誌は週刊少年チャンピオン。BSマンガ夜話にて,かのいしかわじゅん氏に「二番手出版社の二番手雑誌」と言わしめた少年漫画雑誌である。確かに今はその通りであるが,とり・みきがデビューした七〇年代末は「マカロニほうれん荘」「ドカベン」「がきデカ」「ブラックジャック」と,錚々たる連載を抱えており,一番手雑誌である少年ジャンプが「強力なライバルであることはまちがいなかった」(西村繁雄「さらば わが青春の『少年ジャンプ』P.231より)と考えていたぐらい,一番手に肉薄していた時期だったのである。中学生であった私が,マカロニ狂いの同級生の影響があったにせよ,チャンピオン派になったことはごく自然なことだったのだ。そして,若きとり・みきが尊敬する吾妻ひでおがかつて執筆していた,そして新人マンガ賞の審査員に手塚治虫・山上たつひこ(現 山上龍彦)を擁していたチャンピオンでとり・みきがデビューを果たしたのも,偶然ではないのである。そのデビュー作「ぼくの宇宙人」を,私はリアルタイムで読むことになったのだ。
 面白かったのである。笑えたのである。吾妻の描くキャラと同じ粘性を持つヨダレを垂らすキャラクターが,校舎の屋上からミニSLに乗り込んでどどどと落下していく様に。宇宙人が歌手になったり,マンガ家になってこき使われたりする不条理さに。そして何よりも,丸っこい丸っこいキャラクター造形に,ガキだった私は魅了されたのである。審査員だった山上龍彦は,あまり目立った作品もなく,「まあこんなとこかいなと」選ばれた結果だと後に述べているが(とり・みき「愛のさかあがり」解説より),選評には「ストーリーのテンポ,構成力は大変いい。よくあるテーマではあるが読ませる。ただ絵がもっとシリアスなタッチであれば,ストーリーがまだまだ生きてくると思う」と,かなり好意的なコメントを寄せている。ちなみに手塚治虫も選評では「物語にうまく自分のイメージを盛り込んだのはプラスの要素で,絵もていねいです」と好印象のようである。ガキではあったがわしの目に狂いはなかったのだ(エヘン)。但し,その後二〇年にも渡っておつきあいするハメになるとは思いもしなかったのだが。
 デビュー後の作品については,書いているときりがないので省略する。が,単行本が百万部突破したとか,長者番付に載った等という派手やかな大ブレイクはないものの,幾つかの雑誌を渡り歩きつつ,にじむサインペンを使った独自な画風と独自なマンガ,特にショートかつサイレントなギャグを発展させ,ついには第四一回文春漫画賞(1995年)を受賞するに至るのである。
 が,ここで語りたいのは受賞作の「遠くへ行きたい」ではない。本屋さんを巡る,長編ストーリーギャグ漫画シリーズである。これが「DAI-HONYA」(アスキー, 1993年.2002年に早川書房から再販),そして表題の「ラスト・ブックマン」(早川書房, 2002年)である。
 舞台は近未来の20XX年。コンピュータネットワークの発展と森林資源の減少により,活字離れが進行,街の書店は次々と廃業していき・・・ってのは「本とコンピュータ」誌の引用ではない。「DAI-HONYA」の背景説明なのである。まずは黙って聞いて欲しい。・・・そんな中,逆に「本」の価値は肥大化し,逆に需要はおかしな具合に増えていった。以下,「DAI-HONYA」(P.67-68)の会話を抜粋しておく。

高橋  「つまり,いまや本はステイタスであり,信仰であり,美術品であり,インテリアであり,マニアックな読書家にはドラッグであり,そうでない者には投機の対象であり・・・」
紙魚図 「演説はもういいよ。だがおかげで,本をめぐる犯罪も増えた。大資本が出版権・販売権を独占し著作権を強化したため,非合法化し地下にもぐった同人誌はより過激な表現へと先鋭化していった。」「そうした連中の一部はゲリラ化し,本屋に対してテロ行為を行うようになった。」「同時に本を憎む者や団体も増え,犯罪の増加はついにオレのような書店管理官を生むにいたった・・・」

 そして,この状況が更に進んだ結果,わずかに残った書店も淘汰され,「地球上に存在する古今東西のありとあらゆる書籍は,ネットワークを運営する独占企業「調和社」によって買いとられ,その内容はホストコンピュータに有料の「情報」として蓄積されていったのである・・・・・・・・・」。これが「DAI-HONYA」の続編,「ラスト・ブックマン」のストーリー背景となっている。主人公である書店管理官・紙魚図青春(しみずせいしゅん)は,駆け出し時代に世話になった「愛宕山ブックセンター」を調和社の手から守るべく,奮闘するのである。
 断っておくが,この漫画は現在の本を巡る問題をパロディ化したものではない。勿論,この漫画の背景となった事象は現実からヒントを得たものではあろう。街の書店が次々と姿を消しているのは確かだ。しかし,これは純粋なギャグマンガなのであって,風刺ではないのである。思想性は全くないと言って良い。読者は純粋に,伝波村民の会話に笑い,スーパーカブに成り果てたHAL子の姿にナミダし,ポストロボに飲み込まれるリーディアンに同情すればよいのである。その姿勢は「DAI-HONYA」の頃と全く変わっていない。初出掲載紙が今はなき「トムプラス」(潮出版社)という,マイナーだがマンガ家のスタイルを重んじる堅実な雑誌であったことも幸いして,Micky Birdファンの期待を裏切らない物語がここに結実したのである。連載終了後,一年以上単行本化が遅れたにも関わらず,BK1の予約ベストテンに仲間入りする程の人気を得ているのも,むべなるかな,という気がする。
 さて,最後に私がとり・みきを尊敬する理由をちゃんと述べておこう。ここまで書いてきたように,私は彼の漫画のファンである。サイレントなギャグは大好きだ。しかし,彼には他にも別の仕事がある。一つは文筆家としてのもの。例えばニュータイプ誌で連載されていたコラムを集めた「しりとり物語」(角川書店)がそれにあたる。
 もう一つは「漫画の語り部」としての仕事だ。評論家,とは言うまい。彼は現役バリバリのマンガ家であるのだから。しりあがり寿や清原なつのといった「作家性の強い」マンガ家の作品集に資料性の高い解説を書く一方,自作のリイシュー作品群の解説も怠らない。但し,初出の場合はあとがきや解説の類は載せないようにしているという。その理由を彼はインタビューで次のように述べている(「遠くへいきたい」を語る[とり・みきインタビュー]より)。

--とりさんのあとがきを読みたい読者もけっこういるような気もするんですが。
とり・みき 「でも,漫画は本来漫画だけで作品として成立すべきで,新作に作者本人の言い訳やぐちや自己分析やネタばらしや内輪話を載せる必要はないですよ。復刻版や文庫の場合は逆で,より資料性の高い解説をつけるべきだと思うけど。漫画はその作品が発表された時代や出版状況を抜きにしては語れないから。」

 別の作品解説でも同趣旨のことを書いている。とり・みきのこの一貫した姿勢は尊敬に値するのである。
 しかし,最も私を感動させたのは,やっぱり本業のギャグマンガであった。週刊少年サンデーに連載されながらも途中で無惨にも打ち切られた「てりぶる探偵団1」(小学館)の中にある台詞である。「『てりぶる探偵団』は,あと2回で連載打ち切りになる!?」と,見開き二ページ分に渡って驚愕した主人公 天本博士は,同じく見開き二ページを使って,漫画の中にかかってきた編集部からの電話に対して次のように叫ぶ。

「いいか,この世の中にはなあ・・・
ギャグにしちゃいけないことなんか
一つも存在しないのだ!!
わかったか!!」

 かつて,ギャグマンガの中でこのような自己主張を,しかもギャグとして断言した漫画があっただろうか。正直言って,「てりぶる探偵団」は面白くなかった。特に出だしの数回はデビューの時よりも絵の密度が上がった分,とり本人が言うところの「ギャグのドライブ感」に欠けるところがあり,ファンとしても残念に感じていた。
 しかし,とり・みきは職人的ギャグマンガ家として,「打ち切り」という事実を見事にギャグにし,この名台詞を吐いたのである。何も言うまい。この台詞一つで,「てりぶる探偵団」は名作に仲間入りした(今は絶版状態だが)。そして,私のとり・みきへの尊敬の念は揺るぎないものとなったのである。
 故に「私の尊敬する人は,とり・みきです」と断言できるのである。その経緯と理由,おわかり頂けただろうか?


by Kengo Takayoshi & T.Kouya

←戻る