堅実なベストセラー学者,冷静にホームページ運営を語る

野口悠紀雄,
「ホームページにオフィスを作る」,
ISBN 4-334-03111-0,
光文社新書,
2001.11.25 第1刷.

 私は,ベストセラーというものとは極力縁遠くありたいと思っている者である。
 なーんて,どっかの誰かが言っていたのをカッコつけて真似してみました。そういう人って,割と多いんじゃないのかな。理由はいろいろあるんだろうけど,私の場合は単純明快だ。
 「お,俺だってまだ著作の一つも出版してないのに,てっ,てめえぇは,このやろっ,金も名声も手に入れやがって! えっ,死んじまえ,えっ,死んじまえっ!」 と最後は江戸川乱歩の猟奇小説の主人公のように叫んでしまうが,つまりはジェラっているだけのことである。それを買ってしまって,なおかつ面白くも何ともなかったりすると怒りは倍増して,ついにはBOOK OFFに売り飛ばしてしまったりする。そーゆーものは概して高く売れないから,更に怒り心頭である。べっベストセラーなんてだいっきらいだぁ〜!
 と言うわけで,「超整理法」なんてのは手に取ったことすらないのである。もともと整理整頓も嫌いだし,風呂も嫌いだから「整理法」に興味が湧くはずがない。どーせあれだろ? 自分が学者としてうまくやってこれたのはこーゆー資料整理の仕方をしてきたからだって得々と語ってみせるだけなんだろ? あーどーせ俺なんざ三流私大しか出てない偏差値バカだよ,そーだよほっといてくれよ,海のバカヤロー! ・・・と読みもせずに勝手な被害妄想を繰り広げていたのである。まあ,全く根拠のないことではなくて,ソンケーする小谷野敦先生が野口の書いた英語学習法の記述を読んで,「そんな勉強法ができるのはあんたがエリートだからだよ」と批判・・・というか,あきれていたエッセイを読んだからなんだけど。
 で,殆ど根拠のない偏見を持っていたので,この新書,出ていたのは知っていたのだけれど,買ったのは今年に入ってから。でも暫く読もうという気は起きず,暫く積ん読状態になっていた。それを今回よーやく読了できたのは,一般の方向けにThe Internetの講演をするハメになってしまったため,「資料として」「やむを得ず」「仕方なく」「おずおずと」「はれ物を触るように」「でもちょっとでも変な所があったらメチャメチャ書いてやるっ!」という決意を持ってたからである。・・・ホントに俺って理屈より感情で動く男だなぁ。
 非常なる予断を偏見を持って読み始めたのであるが,・・・ああ肩すかし。もっと早く読んでおけば良かった。薄い新書だからということもあるけど,やっぱ,文章うまいわこの人。ホントにするりと短時間で飛ばすことなく読了できました。引っかかりなく文意が取れる文章って,書き慣れれば誰にでも書ける,というものではない。中島らも言っていたが,普通は推敲を重ね,どうにか誤解なく言いたいことが伝わる文が出来上がってくる。ましてや名文なんて,目指すだけおこがましい。
 内容に至っては,偏見を持っていただけに,その堅実さにびっくりした。そっかー,鬼面人を驚かせるというタイプじゃなかったんだなあ。自分の経験したことを積み上げてものを語る,地道な学者先生だったのですね。
 堅実さの例をお目にかけよう。彼はホームページ運営に当たって一番重要なのは「アクセスを得ること」(p.30)であるが,それは簡単なことではない,と説く。その理由として,「インターネットによる情報発信は印刷物に比べて容易なため,発信者の数がきわめて多数になる」故に「ここの発信者はその中に埋もれてしまう」ことを挙げている。で,ホームページを開設してすぐに利益を上げるなんてことは考えずに,自分用も含めた狭いエリアの人々にとって役に立つものを作りましょう,と言う。誠に穏当かつ常識的な意見である。
 地味すぎる? 「楽天」並に稼げて,「ほぼ日」みたいに一日のアクセスは何十万単位で欲しい? ・・・あのねぇ,そこにつぎ込んだエネルギーと投資金額を想像してご覧なさい。そんなに楽して今の有名サイトが出来上がったわけじゃないよ。顧客管理をしっかりやり,アクセスの増加に伴ったサーバの増強をし,トラブルがあれば夜中だろうと休日だろうと即座に対応し,培ってきた人脈をフルに活用してコンテンツの充実をはかり,地道な営業活動も欠かさず・・・つまりね,そんだけのエネルギーをWeb上に注ぎ込めることが出来たから,今の隆盛があるんですよ。出来ますか,あなたに。片手間にメールを眺め,気が向いたらWebをちょろっと更新するなんてことじゃ到底おぼつきませんよ。
 野口先生のサイトもいまじゃ一日のページビューが4万〜5万と有名になっているが,開設当初は「『今日はどれだけの人がアクセスしてくれただろうか?』と,ホームページにつけたカウンタを一日に何度もチェックして,一喜一憂し」,「数字が増えていると,鬼の首をとったような気持ちに」なったりしているんである。サイトの運営実務は現役・OBのゼミ生が主体であって,その協力がなければこの状態を作り出すことは難しかったろう。しかし,野口はちゃんとマメに記事を更新し,無料で読める雑誌のように日々サイトの運営に協力しているからこそ,読者の支持を勝ち得ているのである。
 但し,あまり技術的な泥臭いことに直接手を染めていない分,サイト完成までの道のりがちとスマートすぎやしないだろうか。手伝ってくれたゼミ生が優秀なこともあって,無駄な努力はせずに済んだのかもしれない。通常は経験不足からもっと泥臭い苦労を強いられたりするものらしく,「ほぼ日刊イトイ新聞の本」なんか読んでいると,もうその努力たるや泣けてくる。読者からのメールをいちいち手作業で処理したり,いかにブラウザ上で見やすい文章表記をするかということで試行錯誤したりと,まるで往年のスポ恨マンガのような世界が繰り広げられていたことが分かる。しかしまあ,これは誰にでも出来ることではないので,なるべくなら野口のようにスマートにありたいものである(ホントは違うのかもしんないけど)。
 個人的には,一般に通用しそうなITの技術的なことだけを語ったマニュアル本はもう飽き飽きしていて,なるべくなら独断に満ちていてもいいから地に足のついたIT体験記のようなものが読みたいと思っている。本書はその一例として,多くの人に推奨しておきたい。但し誰にでも真似できるものではなく,「俺はきっと無駄な努力をしそうだな」という自信(?)がある人は,イトイの本を読んでその苦労の跡(現在進行形のような気がするが)を忍んでおくと,多少の失敗には耐性がついていいかもしんない。


by T.Kouya

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