カントク曰く,「向上心のない男を描きたい」

新藤兼人 監督,
竹中直人 主演,
DVD Video 「三文役者 特別編」,
アスミック,
2001.

 いくら国際的に評価が高くても,国内でも民間の賞を幾つも取得していても,政府の勲章に縁のない人ってのは未だにかなり存在するようである。聞いた話では,過去,某赤い政党に関係した,もしくはあからさまにシンパシーを寄せたことがあると,叙勲リストから外されるらしいと聞いたことがある。が,終戦直後ならいざ知らず,今でもそれが忌避理由になるというのはにわかには信じがたい。確か文学関係では左翼とされる人も貰っていたりするようだし,理由としてはちと違うような気がする。
 これはあくまで推測であるけれど,陛下自ら勲章をお与えになるに際し,余計な雑音が入ることは好ましくない,という配慮が働いているからではないか。一応,政府機関の配下の特殊法人の末端にいた経験がある者として,これは理由として頷ける。公的な性格を持つものへは全ての国民が物申す権利があるものだから,その一部にでもちょっと気に障るようなことがあれば,たちまち圧力がかかる。だから,別段赤旗だけがまずいわけではなく,far rightでも事情は同じであろう。品行方正,周囲に敵なく,なるべく年の功を経た人格者が勲章をお与えになるには無難な線,というわけである。
 そんなわけで,新藤兼人も多分,そんな「お国の勲章と縁のない」グループの一員ではないかと想像するのである(貰っていたらごめんなさい)。国際的にはもんのすごぉおく評価されているようであるが,うーん・・・だって,ねぇ。どう見たって,お上品な演出の人じゃぁ,ない。絶対に,ない。
 私が新藤演出に触れたのはごく最近である。一番最初が,NHKで放映された,永井荷風の伝記ドキュメンタリーであった。確か,荷風を佐藤慶が主演していた。これはかなり上品,というか淡々と進行するドラマ・・・というか,ドキュメントであった。これだけ見ていれば,今でも私は「何故,国は新藤に勲章を出さないんだ!」と憤っていたかもしれない。
 次に見たのが,これは演出は新藤直系の弟子(といっていいんだよね?)の神山征二郎であったが,新藤が台本を書いた「野口雨情抄伝 枯れすすき」という舞台である。これが凄かったのだ。兎に角,ベタベタのド演歌的,笑いを取るための場面はこれでもかこれでもかというぐらい,おしゃれとかセンスとかいうコジャレたものとは全く縁のない,くどい演技をするのである。主演はウルトラマンで有名な篠田三郎であったが,あの二枚目にウンコさせるのである。周囲のおばさんたちには受けていたが,すれっからしの私は苦笑するしかない。あまつさえ,弱者を笑いものにするという,今では禁じ手とされていることまでする。ウメボシババアと自称するヨイヨイの老婆をナレーター代わりに時々出すのであるが,ヨイヨイの演技はあくまで笑いを取るためのもので,それ以外の必然性は全く感じられなかった。このウメボシババアが出てくる度に大きな笑いを取っていたが,私は笑うどころか苦虫を噛み潰していた。これは私だけの感想ではなくて,読売新聞の劇評でもこの点をこき下ろされていたぐらいである。この舞台を見て,新藤兼人は叙勲リストから外れた人であることを私は確信したのであった。
 新藤作品の特徴は,わかりやすくて下品である。下品であるが故にわかりやすいとも言えるが,ちょっとその押しつけがましさはゲル状になった旭川ラーメンの濃厚なスープのようで,立て続けに食すると下痢をしそうである。
 が,そのしつこさが軽ければ,馬鹿にも分かる演出であるが故に,純文学嫌いの私でもちょっと見てみようかな,という気になるのである。それがちょうど先に挙げた荷風のドキュメント仕立てのドラマであり,今回取り上げる「三文役者」である。相変わらず前フリが長くてごめん。
 殿山泰司,という役者がいた。亡くなったのが平成元年であるから,もう十年以上経つ訳で,その存在を知らない人も多いだろう。新藤が取り上げるぐらいだから,当然,彼の映画には必ず出演していたが,他の監督の作品にも数多く客演してしていたバイブレイヤーである。名前は兎も角,写真を見れば,木訥な丸顔のハゲ親父の姿を思い出す人も多いのではないか。私が記憶しているのでは,筒井康隆原作・岡本喜八監督の「ジャズ大名」に出てくるインチキ臭い藩医の役。終盤のジャムセッションで桶を叩いてイエイイエイ言っていた姿が印象的で,出演場面は決して多くはないが,何故か脳の奥地の本能的な記憶枢中に残る,妙なタイプの役者であった。この妙な役者の伝記がこの「三文役者」である。原作も新藤が書いており,岩波書店から出版されているようであるが,私はまだ読んでいない。で,この映画がそれに忠実であるかどうかはよく分からない。しかしそんなことはどうでもいいと思えるぐらい,この映画は面白く,「殿山泰司とはこういう人間であったか」という説得力がある。
 新藤は殿山(タイちゃん)を「向上心のない男」として描いたそうである。映画を見る限り,うーむ・・・確かに。肝硬変になるほど酒は飲む。止められても飲む。ロケ中でも現場を抜け出して飲み回る。あまつさえ,妻を二人こさえた上に,浮気はする。依頼された仕事はポルノであろうがTVドラマであろうが何でも受ける。役作り? していたのかもしれないが,映画にはその様子は一切出てこない。天然丸出しで台詞を読んでいたかのようである。デブでハゲでスケベな笠智衆のようである(すいません,これでも褒めているんです)。それでいて,存在感があるんだなあ。やろうと思ってできることではない。くどくて下品な新藤映画の脇を固めるにはもってこいの人材であったろう。・・・というのが真の殿山かどうかはこの際どうでもよく,この映画ではそういう希有な役者であったと,竹中直人が熱演して語っているのである。最初の妻である鎌倉の女を吉田日出子が,2番目の妻である赤坂の女を荻野目慶子が演じているが,これも言わずもがな。しかし,荻野目ってほんとに役者馬鹿なんですね・・・あきれるほど激しいんだもん,驚いてしまいました。その裸身の細さにもまたびっくりである。
 全体として,林光の軽妙なテーマ音楽(「裸の島」の音楽をアレンジしたものだそうな)が,「枯れすすき」程でないにしろ過剰な新藤演出をほどよくこなれさせていて,バランスの良さを感じさせる。仕事がうまくいかず現実逃避中のあなた。リストラにあってクビになり職探しの真っ最中のあなた。自分の能力のなさ,ふがいなさを三十路過ぎになってようやく理解し首でも吊ろうかと縄を結っているあなたに,この「三文役者」をお勧めしよう。グローバルスタンダードでIT革命だぁ? 自己啓発して能力開発を目指しましょう? ふざけたことをぬかすでない。人間は動物だ。大脳新皮質は本能という土台の上にしか存在し得ない,単なる薄ッ皮なのだ。容量のない薄ッ皮に情報を無理矢理詰め込む前に,土台の本能をまず満足させてやりましょうよ。それのためには動物的欲望をと向き合って発散させていく必要がある。知的な向上心とは無縁の,野蛮極まりない行動を取らねばならない。しかし,野蛮でなくては人間である以前に動物ですらないのだ。
 それ故に,向上心のない男は魅力的である。たまには下品に浸るべく,下痢しない程度に新藤兼人を見るべきである。

[2002年10月31日付記] 2002年度の文化勲章が新藤兼人に送られることが報道された。90歳になっても未だ現役というのが評価されたのだろう。まずはめでたい。


by Takayosi Kengo

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