優等生の活劇マンガ,健在なり

矢口高雄,
「バスボーイQ」,
ISBN 4-575-82737-1,
アクションコミックス(双葉社),
2002.10.12 第1刷.

 矢口高雄は「釣りキチ三平」の初期の頃からのファンである。未だにマガジンコミックスの全64巻+別巻2冊を実家で保管していたりする。その影響下で,小学生の終わりから中学生の中期ぐらいまで,ダイワフィッシングクラブなるものに所属していたぐらいである。ついでに言うと,そこの作文コンクールでなにやら賞を貰ったこともあったりする。小学生にしてはえらくどす黒い内容の,環境破壊についての作文だったと記憶している。スポーツ的なフィッシングに憧れつつ,内心はひどい劣等感を抱えたどす黒いイヤなガキだったのだ,私は,全く。
 そんなガキであったから,物心付いて以来,現在に至るまで,少年ジャンプやマガジン,サンデー,チャンピオン,キングといった,いわゆる週刊少年漫画雑誌なるものを購読したことはない。コロコロコミックの創刊の頃であったから,そっちは結構継続して読んでいた記憶がある。マンガの趣味もヒネくれてたんですな。従って,「釣りキチ三平」は当然単行本から入っていった。きっかけはもう記憶の彼方に置き忘れている。が,そろそろ藤子不二雄(特にF先生)の作品とは別系統のものを欲しがっていて,それがたまたま三平だったのではないかと思う。少女漫画にのめり込んでいくのはそのちょっと後ぐらいになる。
 釣りキチ三平はオーソドックスに面白い作品だった。主人公の三平三平(みひらさんぺい)は,天真万欄を絵に描いた(絵なんだけどさ)ような少年で,特段超人でも何でもない。対決するのは主として日本各地の大物だったり,人間だったり。それも空想的な道具立てを使ったりする訳ではなく,ごく普通の釣り道具を使って人知の限りを尽くすのである。時には幼なじみのユリッペ(本名忘れた)との甘いラブストーリーが挿入されたりして,ウブな少年にはちょうどいいエロスが香っていたりもする。
 しかし,なんと言っても特筆すべきは,その自然描写力だろう。「釣り」の描写はかなりオーバーとはいえ,実際に大物の引きを体験した者なら「そうそうこんな感じなんだよ」と即座に理解し共感できる。何より背景の素晴らしさは特筆に値する。東北の田舎を描かせたら矢口の右に出る者は,後にも先にもいない。しかし,あまりにオーソドックスに素晴らしすぎて,評価する人があまりいないのが残念である。他人がちゃんと評価しているのを見たのは最近だと「竹宮惠子のマンガ教室」(筑摩書房)ぐらいか。矢口のカットを見かけた時にはちょっと嬉しかった。
 しかしどーにも矢口のマンガをきちんと評価している人は少ないようだ。それは本人も言っているが,絵も物語もあまりに真面目で,「不良性が全くない」からなんだろう。三平以外の矢口作品では,セックスのシーンもちゃんと描かれているのだが,それは両性合意の真っ当なものに限られる。暴力も殆ど描かれない。これだけ悪のない作品を書き続けているベテラン漫画家はそう多くはないだろう。北見けんいちといい,桜田吾作といい,釣りマンガを書く人に悪人はいないのか?
 が,私が知る限り,矢口をちゃんと評価していた人が,一人いる。手塚治虫だ。矢口の「ボクの手塚治虫」(講談社)はトキワ荘グループとは別の,初期手塚に影響を受けつつ成長していった少年の自伝として優れたものであるが,そのラストで,マンガ家となった矢口が手塚と対話する場面がある。今手元にその本がないので記憶を頼りに書くが,手塚は矢口について,「デッサン力に優れた,真面目な人」と評している。それを聞いて矢口は当然照れるが,その言葉に嘘はない,と断言しちゃうぞ私は。何せ,このマンガの神様は大友克洋との初邂逅において「ボク,君の絵が描けるんだよね。諸星大二郎だけなんだ,描けないのは」と開口一番,言ってのけたという人物なのだから。若いライバルだろうと,いや若いからこそ強力なライバルと見て,その作品を常にウオッチし続けたこの神様が上っ面のおべんちゃらなんぞ言うもんか。
 神様は続けて矢口にこうアドバイスする。「もっとリラックスした作品を読んでみたいなあ」,と。
 で,リラックスして描いた作品がこの「バスボーイQ」なのではないかと,一読者の勝手な妄想で結論付けちゃってるのですよ。私は。・・・前置きの最長不倒距離到達か?
 主人公のQちゃんは坂本永久。三平よりも少し年下の元気のいい少年である。陶芸の人間国宝である祖父と,美人の姉と共に山間部に住んでいる。原始的なタックル(リールって言わないのね)と竿で,自宅近くの湖にて,日本記録のバス(ブラックバス)を狙う。・・・という物語であるんだが,実はかなり尻切れトンボで完結してしまっているのだ。いかにも人気がないから打ち切られた,という風情である。これからもっと血湧き肉躍るQちゃんの活躍と成長が見られるかと期待する間もなく「完」。欲求不満になるぜよ,全く。
 連載中人気が出なかったのかどうかは不明である。また再開されるかどうかも分からない。しかしなぁ。これはないだろうよ双葉社さんよ。お宅の雑誌では人気が出なかったのかもしれんが,単行本で数巻も出せば固定読者が付くだろうよ,それまで待てないのかよぉ〜・・・と愚痴りたくなる。それでなくとも,掲載紙の休刊で楽しみにしていた矢口の自伝「9で割れ」(中央公論新社)も続刊が出ない有様なのだ。矢口に長年親しんでいるファンとしては,もう歯がゆくて仕方がない。唯一無聊を慰められたのが,書き下ろしの日本の古典シリーズの一冊,「奥の細道」(中央公論新社)だけ,なんだよねぇ。
 出版者各位にお願いする。マンガをはじめとする出版物が売れなくなっているのは分かります。Book Offを目の敵にする気持ちも理解できます。しかしそれよりも,着実に固定読者のいるベテラン作家に活躍の場を与えて,少しは「数は出ないけどペイするレベルの作品」の数を増やしたらどうなんですか? いいですよレイプでもゲイでも,ピストルぱーんで脳みそゲロンチョでも小腸大腸はみはみしててもさ。わしもその手の作品は好きだし。でもねぇ,暴力とセックスだけで攻められても人間飽きちゃうんですよ。罪滅ぼしに山本おさむだけでは足りません。もっと矢口高雄にロングスパンの活躍の場を与えてみては如何だろうか? 最近はやりのどす黒いものを抱えたガキどものうち何%かは癒されること請け合いである。元ドス黒少年が言うんだから間違いないって。


by Takayosi Kengo

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