たおやかなラブラブ田舎暮らし

夢路行,
あの山超えて 1,
ISBN 4-253-12087-3,
A.L.C. Selection(秋田書店),
2003.3.25 初版.

 「初版絶版作家」という言葉がある。その名の通り,出版する本全て,第二版を刷るに至らず絶版になってしまう,「ま,その程度の売れ行きの作家なのよ」という意味である。初版絶版作家を自称する作家は多いが,第三者が特定の作家を嘲る目的で使うことはあまりないようだ。それはこの言葉が作家を貶めるニュアンスが少ないせいだと思われる。
 大体,初版絶版作家なんてのは不思議な存在である。一冊しか著さない人間を作家とは普通呼ばない。少なくとも3冊以上の著作があり,これからも書き続けていく者に対する呼称である。出版社は営利企業であるから,赤字のかさむ本を出す訳にはいかない。そこそこペイするぐらいの見積もりが取れる作家でなければ,新刊を作ったりはしないのである。つまり,出す本出す本「初版絶版」となりつつも,新たな「初版絶版」本が出版される,ということは,その作家の本はそこそこ売れている,あるいはペイする程度の売れ数は見込める,ということを証明している。それも「作家」と名乗るだけの著作が存在する「初版絶版作家」とは,爆発的なヒットこそないものの,こつこつと堅実なバントを稼ぐことの出来る堅実さを備えた存在と言えるのである。
 本書の著者である夢路 行(ゆめじ こう)は自らを「初版絶版作家」であると宣言しちゃった,デビュー以来20年になろうかというベテラン少女漫画(という言い方も何とかならんもんか)家である。長崎県五島列島で育ち,上京。今は亡き「ぶ〜け」誌において「踊る三日月夜」(1983年4月号)でデビューし,その後,「Wings」(新書館),「クレセント」(東京三世社),「コミックトム」「トムプラス」(潮出版社),に活躍の舞台を移し,現在は秋田書店のヤングレディース誌で連載を持つ。この間,つーか,今も,なんだけど,地道に創作同人誌活動を続け,商業誌掲載作品に勝るとも劣らないクオリティの短編・長編・エッセイを描き続けている。
 作風を一言で言っちゃうと癒し系,ということになるのだろう。・・・こーゆー紋切り型のありきたりの使い古された言葉を使うと,ファンの人からすっげぇ嫌な顔をされるのだが,しかし,夢路行に関してはおおむね間違っていない,と胸を張って開き直っちゃうのである。勿論,一言で癒し系っつったって,作風は様々であるから乱暴なまとめ方であることは事実ですがね。そーいや,どっかの掲示板でこの言葉がキライであるという発言をしていた人がいたな。「自分が癒されるべき病気である,と言われているようだ。オレは病気じゃない」というのがその理由であったが,世の中,自分の事に関しては無自覚な人が多いな,と思ったものだ。べろんべろんに呂律の回らぬ声で「おれやひっよっぱらてなひぃ」とお銚子振り回して叫んでいるオヤジと大差ないよな,これ。誰の作品でもかまわないが,それが自分にとって心地よく,読了後にはひとり部屋の中でぼーっとしてその余韻を楽しむ・・・それってばさ,まさに「癒し」なんじゃないの? 癒されるってことは,精神のどっかにひずみがあって,それが補正されたって事でしょ? 100%五体満足,精神も健全なら癒される筈がないんじゃない? 程度の差はあれ,どっか病んでいたんでしょ? だから癒されたんでしょ? その自分を癒してくれた作品を「癒し系」と呼んで何が悪いの? えっ,言ってみろよ。言ってみろってばこのオタンチンバレオロガスがっ!
 とまあ,そこまで過敏にならなくてもいいか。兎も角,私にとっての夢路行作品は癒し系以外の何物でもないのである。少なくとも東京三世社から出版されたものと,現在まで入手できた同人誌掲載作品,そして本書も間違いなく,癒し系なのである。
 で,やっと「あの山越えて」の解説に入ることにする。まずは単行本の裏表紙に掲載されているあらすじを以下に示す。

農家の次男坊でのんき者の夫・歩(すすむ)は,新婚4か月目で会社を辞めて,田舎で農業をやりたいと言い出した。小学校の先生の妻・君子(きみこ)は,その決意の告白から2年後,夫と一緒に彼の田舎にやってきた。そんな2人の暮らしは,ほのぼの,のんびり,いつでも愛がいっぱい!

・・・あーのーなー,前半はいい,前半は。しかし,最後の一文は何事であるか。「そんな2人の暮らしは,ほのぼの,のんびり,いつでも愛がいっぱい!」ってのは,あんた,簡単にまとめすぎだろう。そんなつまんなそうなマンガ,誰が読むんだ? 作品全体を包む雰囲気は確かに「ほのぼの,のんびり,いつでも愛がいっぱい」だよ,確かに。でもさ,ちゃんと事件が起きるんだって。世間から後ろ指さされない真っ当な社会人を営むオトナであれば,誰しも何度か経験する極めて現実的な出来事が,起承転結を形作っているのだ。
 本書の後半は,夫の兄・一郎の家庭騒動が持ち込まれ,ちょっとほろ苦い,でもまあ一応は収まったか,という結末を迎えるエピソードで占められている。一郎は娘・まりなへの愛情が偏りすぎてしまい,まりなは耐え難いストレスを感じ,歩の実家へ家出を決行するのだが,一郎はそれに気が付かない。それどころか,妻・富子にまでまりなへの自分の偏った愛情表現の片棒を担がせようとし続けている。この困った兄貴に振り回されて,実家はてんやわんやとなり,一郎・歩の老母は過労で入院してしまう。最後は,一郎が富子から三行半を突きつけられることになるのだ。まあ,兄夫婦のよりが戻りそうな予感をさせるところはあるのだけれど,果たしてどうなるやら。次の展開が楽しみである。
 そーゆー面白い事件もちゃんとある本書のあらすじにしては,ちと大雑把すぎないか? そんなんだから,BSマンガ夜話でいしかわじゅんに「2番手出版社」と言われて脱却できないんじゃないの? ちったぁ営業努力してくれよ。こーゆー有意な「初版絶版作家」を抱えているんだからさあ。しかも,同じキャラクターによる巻数のついた単行本にしたってことは,かなり期待してるってことでしょ。頑張って下さいよ。出版不況と言われて久しいが,地道にファンをつなぎ止めている初版絶版作家の出版部数はそれ程落ちていないようだし,タマはいいんだから,あとは秋田書店さんの努力次第ですよ。頑張って下さい。
 さて,とりとめのない罵倒レビューの最後に,同じ著者の「春の回線」(潮出版社)を紹介しておく。2001年に出版されたものだが,1992年から2001年にかけて断続的に発表された短編をまとめたものである。ほぼ10年間の絵柄の変遷が見て取れる,でも作風は全く変わらず,ということが理解できる貴重な短編集である。夢路行初心者の方は,まずこちらをご覧頂きたい。現実的な田舎町を舞台とした「あの山越えて」とは違う,でも根底に流れるトーンは全く同じファンタジー作品群が,貴方を癒してくれることだろう。 

[2003.6/18(Wed)追記] 2003年6月に「あの山越えて 2」が発売された。1巻発行後4ヶ月しか経過していない。これは売れ行きが好調ということなんだろう。サイン会も開催されたようだ。
 ついでに。本記事がGoogleで検索可能となってからいろいろチェックしていたら,著者の公式サイトがあることを発見した。リンクについては,いかにも夢路らしい言い回しでやんわりと断っているので,自分で見つけて頂きたい。その代わりに「どこか 知らない離れ小島に 緑野がある。」という著者の言葉を紹介しておく。


by Takayosi Kengo

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